犬の口腔腫瘍 2. 治療

犬の口周りには良性・悪性ともに様々な腫瘍が発生します。どんな病気があるのか前回のコラムで簡単にご紹介しましたが、今回はその治療についてご説明します。

目次

がん治療の3本柱緩和ケア・支持療法

まず口腔腫瘍に限らず、がんの治療は場所や種類に関わらずメインの3つから成り立ち、よく「がん治療の3本柱」と言われます。またがんに対する積極的な治療と共に重要になるのが緩和ケア・支持療法です。

  1. 外科療法
  2. 化学療法
  3. 放射線療法
  4. 緩和ケア・支持療法

1)外科療法

1つ目が外科療法、いわゆる手術で病変を取り除くことです。リンパ腫などの血液腫瘍以外のほとんどの癌が適応になります。メリットとして治療効果が早く得られ、また根治の可能性が最も高い治療法です。その一方で動物たちにかかる負担やリスクは他の治療に比べ大きくなることも考えられ、また進行程度・発生場所によっては適応できないことがあります。

2)化学療法

2つ目が化学療法でいわゆる「抗がん剤」などの薬を用いた治療です。外科療法と放射線療法は病変がある場所のみを治療する局所療法であるのに対し、全身に広がったがんを治療できる唯一の全身療法です。リンパ腫などの血液腫瘍に対し第一選択になりますが、手術前や手術後の補助治療など様々な形で適応されます。広がったがんを治療できる反面、全身に効果が及ぶため、いわゆる副作用を考慮しなければなりません。

3)放射線療法

3つ目が放射線療法で、放射線を当てることで病変を小さくしていきます。手術に比べ見た目や機能を温存した治療をできることが多く、また手術しにくい・できない場所(動物では脳や鼻腔など)へは第一選択にもなります。放射線障害が体の負担になりますが、それ以上の最大の問題点は動物医療では実施できる施設が非常に限られることや、治療に頻回の麻酔が必要になることがあります。

 メリットデメリット
外科療法治療効果がすぐ得られる 完治の可能性が高い手術の負担がある 機能や見た目への影響
化学療法全身のがんを治療できる全身への副作用 通院回数が多くなる
放射線療法手術しにくい場所を治療できる 機能を温存した治療実施できる施設が少ない 頻回の麻酔が必要

4)緩和ケア・支持療法

積極的治療と共にがん治療に重要になるのが緩和ケア・支持療法です。これは動物達の状態を改善すために行う治療でさまざまなものが含まれます。例えば、痛みの管理や栄養の補助、がんの出血や壊死の制御などです。

口腔腫瘍の治療

1)外科療法

メラノーマや扁平上皮癌などほとんどの口腔腫瘍は外科治療で完治を目指していくことになります。早くに治療できれば手術単独で完治できる事も多くなるため、早期発見が重要です。しかし、口腔周りに発生する腫瘍は周囲の組織を溶かし、浸潤してしまうことも多く、そのため骨ごとの切除や唇を大きく切除する拡大手術が必要になる場合が多くなります。

顎の骨や舌の切除してしまうと自分で食事ができなくなるのではと、ほとんどのご家族が心配されます。確かに機能は一時的に低下し、食べる練習や食器の工夫が必要になったり、食べこぼしが多くなったりなどの問題は生じますが、多くの動物たちが介助なく自分で食事できるようになることがほとんどです。

手術のリスクとしては口というよく動かす部位にあるため傷口の裂開が起こる可能性があります。ほとんどが自然治癒するか、簡単な処置で落ち着くことが多いですが発生させないよう十分注意しながら管理していきます。そのため柔らかい食べやすい食事を用意し、切除範囲が大きくなる場合は一時的に食事のサポートをする食道チューブや胃ろうチューブを設置します。また歯周病菌が存在するために感染に注意する必要があり、この点からも日頃から歯磨きなどでお口の健康に注意しておくことが重要です。


クロちゃんの場合

口にメラノーマができているとのことで、かかりつけの動物病院さんから紹介されて来院しました。

12歳のクロちゃんの左上奥歯の所に非常に大きいしこりができてしまっています。がんの一部が壊死してしまい出血や排膿が生じています。

青で囲まれた所がメラノーマで、口の一番奥にあり気付くのも難しく巨大化しています。

CT検査結果から様々な治療法を考え、ご家族と相談し、外科手術を選択しました。
クロちゃんは大型犬の12歳と高齢で、手術も顎の骨を10cm近く切除しましたが、持ち前の体力でどんどん回復してくれました。

手術翌日の写真

 クロちゃんは腫瘍が大きく、顎の骨を拡大切除する必要があったので、Combined dorsolateral and intraoral approachを用い出血を制御できる方法で手術しました。顎骨切除と言っても本法以外にWeber-Fergusson 変法、動脈皮弁法など様々な手技があり、術者の慣れもありますが患者さんやがんの状態によって選択し、色々な方法で対応できるようにする必要があります。

上顎切除の場合、毛が生えてくると見た目の変化も小さくなり、機能面でもほとんど問題ありません。

お口の中の写真です。癌はきれいに切除され食事や飲水も全く問題ありません。

クロちゃんの場合、悪性度の高いメラノーマでしたので手術後に抗がん剤点滴を行いましたが、やはり持ち前の体力で大きい副作用もなく治療を終えることができました。もちろん現在も元気に散歩や食事を楽しんでいます。


2)化学療法

ある特定のがんに対して手術前や手術後、単独で抗がん剤治療が用いられます。扁平上皮癌に対するトセラニブ、非ステロイド系消炎剤、メラノーマに対するカルボプラチンなどがあげられます。また今年から、日本でもメラノーマがんワクチンが使用できるようになりました(条件付き承認薬のため全ての動物病院で使用できるものではありません)。効果が十分に検討されている薬がある一方で、明確に効果が保証されていない部分もあり、その適応は十分注意して検討する必要があります。

抗がん剤の副作用としてはトセラニブの場合、軟便や下痢、血便や嘔吐などの胃腸への影響が認められることがあります。その他には毛色や甲状腺機能への影響などが起こり得ます。いずれも大きい問題になりにくい薬剤ですが、適切な用量・併用薬・使い方などにコツが必要です。カルボプラチンの場合は見た目でわかる副作用が出ることは稀ですが、血液へ比較的強く影響が出る場合があります。血液への副作用は発生した時に敗血症という大きい体調不良につながりやすいため適切な投与量で用いることが最も重要です。

口腔腫瘍に用いられる様々な薬剤

抗がん剤治療は、確かに副作用が起こりえる治療ですが適切に用いれば効果を担保しつつ副作用に配慮もできる価値の高い治療になり得ます。やはりそのためには十分な知識と経験に裏打ちされた抗がん剤治療を、その動物ごとに適切に選択することが鍵となります。

3)放射線療法

放射線治療は手術後の補助治療として行われます。また切除が困難な場所に発生した場合には唯一の局所療法となります。扁平上皮癌やメラノーマに対する放射線治療は確立されており効果的な治療になります。しかし放射線治療単独で口腔がんを完治することは難しいです。ですがたとえ完治が困難でも痛みを取ったり、病変を大幅に縮小したりと生活の質を向上させることができ緩和的な治療として価値の高いものになります。

放射線治療を難しくするのが治療できる施設が限られることです。また放射線は一度で治療が終わる事は稀で、高頻度に治療を行う必要があります。当院の場合は、岐阜大学動物病院へ紹介となることが多くなりますが、やはり距離や時間の壁が生じてしまいます。


モコちゃん場合

喉の奥に大きいしこりができて、飲食が難しくなっているとのことで、かかりつけの獣医さんから紹介され当院へ来院されました。

口の中がほとんど癌で占められており、飲み込むのが難しい状態です。(左:青囲みが腫瘍)

硬口蓋から軟口蓋を切除し腫瘍を取り除くことで、元気に食べられるようになりました。(右:腫瘍がきれいに切除されています)

モコちゃんの腫瘍は悪性度の高いメラノーマでした。高齢であったことから追加の補助治療は行わず経過を観察していた所、残念ながら術後に再発してしまいました。それでも病変の再切除を繰り返すことでずっと食事は上手に取ることができ、最終的にはメラノーマの進行で亡くなってしまいましたが、頑張って長生きしてくれました。


4)緩和ケア・支持療法

口腔腫瘍の緩和ケアとしては、栄養補助がよく行われます。食道チューブや胃ろうチューブの設置で口腔腫瘍により食事を取りにくくなった動物のサポートをします。比較的負担の少ない作業で設置できますし、チューブを気にするワンちゃんやネコちゃんも少なく、管理も容易です。さらに治療に重要となるお薬の服用が、食事が取れない場合難しくなることが多いのですが、チューブにより飼い主様、動物お互いにストレスなく投薬できるようになります。またこれらチューブを設置したとしても口から食べることも可能です。

他にも出血に対する止血剤や、癌への歯周病菌感染を治療する抗生剤、食欲がない時の点滴治療、痛みに対する様々な痛み止めなどが口腔腫瘍の緩和ケアとして重要です。病気のステージ、飼い主様のご意向で求められる緩和ケアは様々です。しっかりと獣医師と相談し快適に過ごす治療を選択していきましょう。


ヘンリーちゃん場合

上の顎にしこりがあるため、来院されました。実はヘンリーちゃんは5年半前に下の顎にメラノーマができて片側の下顎の切除を行なっています。

左が下顎の病変の写真(青矢印)、右が下顎を切除した翌日のヘンリーちゃんです。

1回目の手術の後、しばらくして難病である免疫介在性血小板減少症を発症してしまいましたが、そちらも懸命な治療とヘンリーちゃんの体力で乗り越えてくれ腫瘍の再発や転移もなく順調に経過していたのですが、上顎に新しい病変が確認されました。

わかりにくいですが犬歯の後ろから奥歯にかけ黒色の崩れやすい病変が確認できます(青矢印)。これも下顎と同じくメラノーマと診断されました。そのため飼い主様と相談の上、上顎の部分切除を実施することになりました。

初回の手術より、年齢も重ねていましたがヘンリーちゃんの持ち前の元気さとご家族の丁寧な介護もあってみるみる元気に回復してくれました。その後も順調に経過し、2回目の手術から1年半以上経過していますが補助治療なしで再発や転移もなく、幸せに暮らしています。やはりご家族が、口の中をよく気にして頂いていたため、病変はまだ小さく初期の段階で治療できたことがいい結果につながっています。


まとめ

  • がんの治療には外科手術、抗がん剤治療、放射線治療の3本柱と体調を整える緩和ケアがある。
  • 犬の口腔腫瘍の治療のメインは外科手術で補助的に抗がん剤治療や放射線治療が行われる。
  • 食事に関係する部位なので食べるサポートや出血・痛みの管理が緩和ケアとして重要。
  • 他の腫瘍と同様に、早期発見・早期治療が重要のため定期的な歯磨きなどで日頃からお口の中をチェックすることが重要。
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